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■■■ ずるい人97トライアスロン投稿作品 阿吽の門をくぐる。お疲れ様です、と掛けられた声に適当に答えて、カカシは駆けてくる気配に頬を緩ませた。 もう二十歳も近いというのに、通りの向こうから姿を現したナルトは夕日を浴びて、顔を真っ赤に染めた子供のように見えた。 同期の友人たちとぶらついていたのだろうか。少なくとも修行に熱中している彼が、演習場から遠い門に近づくカカシの気配を感じ取れたとは思えない。 カカシの姿を認めたナルトの顔がくしゃりと破顔する。 ああかわいいなあ、とカカシは笑んだ。 報告を終えればすぐ会いに向かおうと思っていた相手に出迎えられて、喜ばない人間はいないだろう。 「カカシ先生、おかえりっ!」 にか、と笑ってナルトが抱き着いてきた。力加減を覚えたとは言えど、大人に近づいた体躯が腕の中に飛び込む衝撃で強く地を踏みしめる。こら、と軽くたしなめながらもしっかり抱き留める体勢になっているのだから、その効果などあるはずもない。 「ただいま、ナルト」 ベストに顔を埋める少年をぎゅうと抱きしめる。「すいません、それ以上は余所でやってくださーい」「目の毒なんでー」 冷やかし混じりにかけられた声に、慌てて離れるナルトの、赤らんだ目元さえいとおしい。 「あ、そだ、せんせってば報告!」 羞恥に混乱した頭で必死に考えたであろう言葉を言いつのるナルトを、適当にあやす。報告には行かねばなるまい。 だが、十日だ。突然指名された任務で十日、会っていなかった。そのうえでこの熱烈な歓迎。今この手を離す気分には到底なれない。 カカシはつとナルトの手を引いて歩き出し、通りを一本脇に逸れて裏道に入り込む。 密集した建物の隙間に這うように続く路地、その薄暗さにナルトを押し込む。口布を下す手間も煩わしく性急に口づけた。 「せ、んせ……っ」 肚の底から溢れ出してくる熱情を他に表すすべなど見つからない。 飲み込みきれない唾液さえ甘露と啜りあげる。 思うさま貪って、漸く唇を開放する。は、は、と荒い息を吐きながら、ナルトは濡れた青い瞳に光を宿らせて見上げてきた。 と、健康的に焼けた頬がぷくりと膨らんだ。 「ずりぃ!」 「────は?」 いきなり何するんだってばよ、と罵られることは覚悟していたが、ずるいとはこれいかに。 目を瞬いたカカシに、ナルトは眼光を鋭くして尚更頬を膨らませる。 当人は本気で怒って────拗ねているのだろうが、行動があまりに微笑ましくカカシは表情筋が笑みを形取ろうとするのを懸命に堪えねばならなかった。ここでうっかり笑いでもしようものなら本気で臍を曲げる可能性がある。 「……えーとナルト、何が?」 呆気なく白旗を上げて訊いたカカシに、ナルトはむうと唇をひん曲げ、チクショウ、と呟いて。 ぐいと背伸びをして、食いつくように口づけてきた。 ちゅ、と可愛らしい音を立てて離れてゆく、ナルトの顔を呆然と見やる。 目元どころか頬も耳も真っ赤に染めて、だが勝気な青い瞳は強くこちらを射ていた。 「先生ばっか簡単にキスしやがってずるいっての! オレってば、せ、背伸びしねえと出来ねえのにちくしょーマジで恨んでやる父ちゃんの阿呆ーっ!」 喚きながら最後の方は感情が高ぶりすぎて涙目になっていた。そして言うだけ言うと、「先生今度重いもん背負わせて背ェ縮めてやっからな覚えてろ!」と指を突き付け、呆然とするカカシを押しのけて逃げ出した。 脱兎のごとく姿を消したナルトの言葉を何度も脳内再生しながら、カカシは思わず口元を覆う。 「……はは、なにそれ」 ナルトは結局、四代目があまり背の高いほうでなかったことも影響してか170cmに届くか届かないかというところで成長を止めた。二人の身長差はカカシがついと顔を下向けてキスするに丁度よかったのだが、成程本人はされるばかりで自分もしたいと不満を持っていたのか。 「なにそれ……」 ちょっとオレ報告どうするんだ。カカシは一人胸中にて突っ込んだ。こんな血の昇った顔で五代目に報告をするつもりか。 すぐにでも報告を終わらせて追いかけて行った少年を捕まえたいのに、この場所から動けもしない。 「ずるいのはどっちなんだよ……」 どうしようもないなあ、とカカシはひそり苦笑した。 |